大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)3944号 判決

原告 赤石昭一

右訴訟代理人弁護士 山田滋

同 佐久間洋一

原告補助参加人 株式会社 角重

右代表者代表取締役 小島十太郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木誠

被告 野口晴代

右訴訟代理人弁護士 松井稔

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用中、原告と被告の間に生じた分は原告の負担とし、参加により生じた分は補助参加人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙登記目録第一記載の各根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告は、原告に対し、別紙登記目録第二記載の各停止条件付賃借権仮登記の抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告の所有権)

原告は、別紙物件目録記載の各土地建物(以下「本件土地建物」という。)の所有権者である。

2  (登記の経由)

本件土地建物につき、別紙登記目録第一記載の根抵当権及び別紙登記目録第二記載の賃借権の各設定仮登記(以下「本件各登記」という。)が経由されている。

3  (登記原因の不存在)

しかしながら、原告は、被告との間で右各登記に沿う抵当権及び賃借権設定の合意をしたことはなく、本件各登記はいずれも原告の知らない間に設定仮登記がされたものであり、法律上の登記原因を欠くものである。

4  (登記申請意思の欠缺)

本件各登記は、訴外後藤文弘により、同人が、原告の印鑑証明用登録カード等を預り保管していた原告の債権者(訴外佐藤貞二等)らから詐取した印鑑証明書を用いてされたものであるから、いずれも原告の登記申請意思を欠く無効のものである。

5  (結論)

よって、原告は、右3、4のいずれかの理由により、被告に対し、本件各登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2記載の事実(原告の所有権及び本件各登記の経由)は認め、その余の事実はいずれも否認する。

三  抗弁

1  (抵当権及び賃借権設定契約)

原、被告は、昭和五〇年六月一日、本件土地建物について別紙登記目録第一記載の内容による根抵当権の、別紙物件目録(二)ないし(四)記載の土地建物について別紙登記目録第二記載の内容による停止条件付賃借権の各設定契約を締結し、これに従い、同年九月一日本件各登記を経由した。

2  (被担保債権の存在)

被告は原告に対し昭和五〇年六月から昭和五一年四月ころまでの間、十数回にわたり合計金一八三〇万円を貸し渡したが、被告は、右のうち、既に弁済を受けた金七〇〇万円を除いた金一一三〇万円の債権を有している。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実を否認する。

五  再抗弁(被担保債権の消滅)

仮に、被告が「日経商事」の商号で金融業を営む者であり、原告が右「日経商事」から昭和五〇年五月ころ金一〇〇万円を借り受けたことがあったとしても、原告はその後間もなく右金員を完済したから、本件各登記にかかる被担保債権は消滅した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実を否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2記載の事実(原告の所有権及び本件各登記の経由)はいずれも当事者間に争いがない。

二  被告の主張する被担保債権の発生、抵当権設定契約及び賃貸借契約の成立については、《証拠省略》により、被告は、原告に対し、昭和五〇年六月ころから十数回にわたり合計金一八〇〇万円を貸し付け、そのうち金七〇〇万円は弁済を受けたが、金一一三〇万円は未だ弁済を受けていないこと、融資の額が大きくなった昭和五〇年六月ころに原告に対し全債務の弁済又は担保の提供を求めたところ、原告は、被告に対する債務は金融機関から融資を受けて返済したい、もしそれができないときは、原告所有の本件土地建物を担保に供すると約束したので、原・被告間において、本件土地建物につき根抵当権及び停止条件付賃借権を設定する旨の本件各登記の記載に合致する内容の条項を含む根抵当権設定契約証書が作成されたことが認められ、他に右認定に反する証拠はないので、右被告の主張を認めることができる。

三  原告の主張する被担保債権の消滅の事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

四  登記申請意思の欠缺について

原告は、本件各登記は訴外後藤文弘が原告の債権者らから詐取した印鑑証明書を用いて経由されたものであり、原告の登記申請意思を欠くから無効である旨主張し、《証拠省略》によれば、原告は、赤石工務店の名称で大工を営んでいたが、昭和五一年夏ころ、総額金六〇〇〇万円を超える負債を負って倒産し、その事後処理の相談相手となった訴外常田三朗に印鑑証明書用カードを預けたこと、常田は、同年八月三一日、原告の債権者である訴外佐藤貞二等から同人らが総債権者のため原告の不動産の保全手続をするので印鑑証明書を得る必要があると言われ、原告の承諾を得て、右のカードを佐藤及び訴外後藤文弘に託して印鑑証明書の交付申請手続をさせたこと、後藤は、金融業を営む被告に原告を紹介し、これに融資を得させてきた者であるが、その債権の担保設定手続に必要な原告の印鑑証明書を原告から預っていたものの、これを被告に交付せずにその有効期間を経過させてしまい、一方で原告が倒産してしまったことから、後藤は、佐藤とともに江東区亀戸出張所に赴き、原告の印鑑証明書六通の交付を受けた帰途、右印鑑証明書の一通をあたかも破り捨てたかの如く巧みに装って佐藤の目を欺きこれを秘匿し、有効期間の経過した印鑑証明書の代りとして右の秘匿した印鑑証明書を被告に交付したこと、被告は、当時、原告に対する融資総額が金一〇〇〇万円を超える状態にあったことから、同年九月一日、後藤から受領した印鑑証明書を用いて本件各登記を経由したことを認めることができる(《証拠判断省略》)。しかし、前認定のとおり、本件各登記は、いずれもその記載に沿う実体的法律関係を有しているものである。

ところで、登記申請行為に何らかの瑕疵があり、登記義務者の申請意思の存在につき疑義を生ずる場合であっても、当該経由された登記が実体的法律関係に符合するときには、登記義務者においてなおかつその無効を主張し、その抹消を請求するについて、登記申請を拒むことができる特段の事由があり、登記権利者において登記申請を適法であると信ずるについて正当の事由を欠いているときは格別、単に登記申請意思を欠缺していたことの一事をもって当該登記の無効を主張することは許されないというべきである。

本件において、原告は右の特段の事情等のあることについて何らの主張、立証をしないから、原告の登記申請意思欠缺の主張は失当として排斥を免れない。

(なお、前記認定事実によると、本件においては、登記義務者である原告において登記申請を拒むことができるような特段の事由は認められず、また、登記権利者である被告は抵当権設定契約等を有効に締結し、取引の紹介者である後藤から印鑑証明書を入手しているので、これを原告の意思に基づき適法に印鑑証明書が手交されたと信じて登記申請をしたものと認められるので、被告が登記申請を適法と信ずるについて正当の事由があるというべく、この点から考えても、本件登記を無効とする原告の主張は失当である。)。

五  (結論)

よって、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田二郎 裁判官 久保内卓亞 内田龍)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例